伊勢ケ浜親方と旭富士の現在は?名跡変更・部屋継承と2026年最新事情を徹底解説
「伊勢ケ浜親方は旭富士ではなかったの?」「宮城野親方に名前が変わった理由は?」「照ノ富士が部屋を継いだ後、旭富士は何をしているの?」――大相撲の親方人事をめぐり、こうした疑問を持つ人は少なくありません。
2025年6月9日、元第63代横綱・旭富士は年寄名跡「伊勢ヶ濱」から「宮城野」へ変更し、元第73代横綱・照ノ富士が「伊勢ヶ濱」を襲名して伊勢ヶ濱部屋を継承しました。さらに2026年5月28日には、旧宮城野部屋の力士らをめぐる預かり措置が解除され、宮城野部屋の消滅が決定。2026年10月現在、旭富士は宮城野親方として参与の立場にあり、照ノ富士が伊勢ヶ濱部屋の師匠を務めています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:元横綱・旭富士は2025年6月9日に宮城野親方となり、65歳の定年後は参与として伊勢ヶ濱部屋に所属しています。
- 要点2:照ノ富士は同日に伊勢ヶ濱親方を襲名し、部屋の師匠を引き継ぎました。旭富士との関係は、先代師匠と後継者という関係です。
- 要点3:2026年5月28日、旧宮城野部屋の力士らは伊勢ヶ濱部屋への所属となり、宮城野部屋の再興に向けた従来の預かり措置は終了しました。
【2026年最新】伊勢ケ浜親方と旭富士の現在は?
まず押さえておきたいのは、現在の伊勢ヶ濱親方と、かつて伊勢ヶ濱親方と呼ばれていた旭富士は別の人物だという点です。
2025年6月の継承によって、旭富士は宮城野親方、照ノ富士は伊勢ヶ濱親方となりました。旭富士は65歳の定年を迎えた後も参与として協会に残り、伊勢ヶ濱部屋に所属しています。日本相撲協会の発表と伊勢ヶ濱部屋の公式サイトでも、両者の立場は区別されています。
2026年10月現在の関係を整理すると、次のとおりです。
- 宮城野親方・旭富士:第63代横綱。伊勢ヶ濱部屋の先代師匠で、定年後は参与として所属。
- 伊勢ヶ濱親方・照ノ富士:第73代横綱。2025年6月から伊勢ヶ濱部屋の師匠を務める。
- 宮城野部屋:2026年5月28日の日本相撲協会の理事会決定により、旧部屋の力士らの預かり措置が解除され、部屋は消滅。
ここで注意したいのが、「宮城野親方」という年寄名跡と「宮城野部屋」という相撲部屋は同じものではないということです。旭富士が宮城野の名跡を継いでいるからといって、宮城野部屋が存続しているわけではありません。
伊勢ヶ濱部屋の公式サイトでは、師匠として伊勢ヶ濱春雄(元照ノ富士)、部屋付き親方として宮城野正也(元旭富士)が掲載されています。旭富士が角界を去ったわけではなく、役職と名跡を変えて活動を続けている点が、現在を理解する出発点です。

【理由を解説】旭富士が宮城野親方に名跡変更したのはなぜ?
旭富士の名跡変更には、65歳の定年と伊勢ヶ濱部屋の後継者への引き継ぎ、そして宮城野の名跡が空いたことという複数の事情が重なっています。
65歳の定年が師匠交代の直接的な背景
旭富士は1960年7月6日生まれです。日本相撲協会の年寄としての定年を2025年7月6日に迎えるため、従来どおり伊勢ヶ濱部屋の師匠を務め続けることはできませんでした。
そこで、2025年1月場所限りで現役を引退し、部屋付き親方として指導にあたっていた照ノ富士が後継者に選ばれました。日本相撲協会は同年6月2日の臨時理事会で部屋の継承と名跡変更を承認し、6月9日付で正式に移行しました。
これは単に親方の呼び名を変えるだけの人事ではありません。部屋の運営と弟子の育成を次の世代へ引き継ぎ、旭富士自身も参与として協会に残る形を整えたものです。
宮城野の名跡が空いたことも関係している
もう一つの重要な事情は、元横綱・白鵬が名乗っていた年寄名跡「宮城野」です。
日本相撲協会は2025年6月2日、当時の宮城野親方だった白鵬の退職届を受理することを決定しました。白鵬は弟子の暴力問題に関する監督責任などを問われ、2024年に懲戒処分を受けていました。宮城野部屋の力士らも、2024年4月から伊勢ヶ濱部屋に移っていました。
その後、白鵬が2025年6月9日付で退職し、同じ日に旭富士が宮城野を、照ノ富士が伊勢ヶ濱をそれぞれ襲名しました。名跡の変更と部屋の継承が同日に実施されたのは、こうした事情によるものです。
なお、旭富士が宮城野を襲名した理由を、白鵬との関係や個人的な対立だけで説明するのは正確ではありません。公式に確認できる中心的な事実は、旭富士の定年、照ノ富士への部屋継承、そして宮城野の名跡の継承が一体となって承認されたことです。
【時系列で整理】旭富士の名跡変更から宮城野部屋消滅まで
2025年から2026年にかけての動きを時系列で見ると、親方の交代と部屋の再興問題が別々の段階を経て進んだことが分かります。
| 時期 | 出来事 | 意味・現在への影響 |
|---|---|---|
| 2024年2月 | 宮城野部屋の監督責任問題が表面化 | 白鵬が懲戒処分を受け、部屋の運営体制が問題となる |
| 2024年4月 | 宮城野部屋の力士らが伊勢ヶ濱部屋へ移籍 | 旧宮城野部屋は閉鎖状態となり、力士らは伊勢ヶ濱部屋で預かりとなる |
| 2025年1月 | 照ノ富士が現役を引退 | 年寄・照ノ富士として後進の指導にあたる |
| 2025年6月2日 | 日本相撲協会が部屋継承と名跡変更を承認 | 旭富士の定年を見据え、照ノ富士への継承が正式に決まる |
| 2025年6月9日 | 旭富士が宮城野を、照ノ富士が伊勢ヶ濱を襲名 | 照ノ富士が伊勢ヶ濱部屋の師匠となり、旭富士は部屋付き親方となる |
| 2025年7月6日 | 旭富士が65歳の定年を迎える | 参与として再雇用され、伊勢ヶ濱部屋に所属 |
| 2026年5月28日 | 旧宮城野部屋の預かり措置を解除 | 旧宮城野部屋の力士らが伊勢ヶ濱部屋の所属となり、宮城野部屋は消滅 |
| 2026年10月現在 | 伊勢ヶ濱部屋の新体制が継続 | 照ノ富士が師匠、旭富士が参与として所属 |
この表で特に重要なのは、2025年6月の師匠交代と、2026年5月の宮城野部屋消滅を分けて考えることです。
2025年の時点では、旧宮城野部屋の力士らを伊勢ヶ濱部屋で預かりながら、将来的な再興の可能性を残す決定がなされていました。しかし、その後も再興に向けた申請はなく、預かりが2年以上に及んだことなどから、2026年5月28日に区切りがつけられました。
報道各社が伝えた日本相撲協会の理事会決定によると、旧宮城野部屋の力士らは全員、伊勢ヶ濱部屋の所属となりました。これは、宮城野という年寄名跡がなくなったという意味ではなく、宮城野部屋という組織が消滅したという意味です。

【第63代横綱】旭富士の現役時代の成績と引退後の活動
旭富士正也は、青森県つがる市出身の元横綱です。日本相撲協会の歴代横綱プロフィールによると、1981年1月場所で初土俵を踏み、1983年3月場所で新入幕、1987年11月場所で大関に昇進しました。そして1990年9月場所に第63代横綱となり、1992年1月場所で現役を引退しています。
現役時代は、右四つや寄り切り、上手出し投げを得意としました。幕内最高優勝は4回。横綱としての在位は1990年9月場所から1992年1月場所までで、引退後は親方として後進の育成に携わりました。
旭富士の主なプロフィールと成績
- 本名:杉野森正也
- 生年月日:1960年7月6日
- 出身地:青森県つがる市
- 最高位:第63代横綱
- 初土俵:1981年1月場所
- 横綱昇進:1990年9月場所
- 引退:1992年1月場所
- 幕内最高優勝:4回
- 生涯戦歴:575勝324敗35休、67場所
- 幕内戦歴:487勝277敗35休、54場所
引退後は伊勢ヶ濱部屋の基盤を築いた
旭富士の相撲人生は、現役引退で終わったわけではありません。引退後は安治川親方として指導者の道に進み、2007年に年寄名跡を変更して伊勢ヶ濱親方となりました。
伊勢ヶ濱部屋の公式沿革によると、旭富士は安美錦や安馬(のちの日馬富士)らを育成し、日馬富士は2012年に第70代横綱へ昇進しました。さらに、照ノ富士も旭富士が師匠を務めた時代に部屋の一員として成長し、2021年に第73代横綱となりました。
この実績から分かるのは、旭富士の評価が現役時代の優勝回数だけで決まるものではないということです。複数の横綱を輩出した指導者としての実績も、伊勢ヶ濱部屋の歴史を語るうえで欠かせません。
2025年6月の会見では、旭富士は次の世代への継承について「いい形で次の世代へ渡すことができて、本当によかったなと思います」と語りました。青森放送の報道では、協会への恩返しとして看板力士を育てることに取り組んできた趣旨も伝えられています。
2026年現在の旭富士は、現役時代のように土俵で勝敗を競う立場でも、部屋全体の最終責任者である師匠の立場でもありません。参与として協会に残り、部屋付き親方として所属することが、公表情報から確認できる現在の姿です。
【照ノ富士との関係】師匠交代後の役割と伊勢ヶ濱部屋の歴史
旭富士と照ノ富士の関係は、単なる親方同士の交代ではありません。旭富士が長年築いてきた部屋を、同じ部屋で成長し横綱まで上り詰めた照ノ富士が引き継ぐという、師弟関係を背景とした継承です。
伊勢ヶ濱親方と宮城野親方の違い
相撲界では、親方の呼び名は年寄名跡によって決まります。そのため、同じ人物でも名跡を変更すれば、呼ばれ方が変わります。また、年寄名跡を持つことと、相撲部屋の師匠を務めることは、関連していても同じ意味ではありません。
- 伊勢ヶ濱親方・照ノ富士:伊勢ヶ濱の名跡を継承し、伊勢ヶ濱部屋の師匠として部屋を運営する立場。
- 宮城野親方・旭富士:宮城野の名跡を継承し、65歳の定年後は参与として伊勢ヶ濱部屋に所属する立場。
照ノ富士は2025年1月場所を最後に現役を引退し、同年6月に伊勢ヶ濱部屋を継承しました。伊勢ヶ濱部屋の公式プロフィールでは、生涯戦歴523勝275敗231休、幕内最高優勝10回の第73代横綱として紹介されています。
現役時代の照ノ富士は、けがや病気による苦難を経て序二段まで番付を落としながら、大関に復帰し、横綱へ昇進した力士です。そうした経験を持つ照ノ富士が師匠となったことは、現役力士の指導や育成を考えるうえでも注目されます。ただし、指導方針の具体的な成果は、今後の力士の成績や部屋の運営状況を通じて判断する必要があります。
伊勢ヶ濱部屋の歴代師匠と旭富士の位置づけ
伊勢ヶ濱部屋は、1929年に元関脇・清瀬川が創設した歴史を持つ相撲部屋です。師匠が代替わりするなかで、旭富士は2007年に伊勢ヶ濱の名跡を継承し、部屋を再興した人物として知られています。
旭富士の時代には日馬富士や照ノ富士らが横綱に昇進しました。そして2025年、照ノ富士が10代目の伊勢ヶ濱親方として部屋を継承。旭富士が築いた育成の基盤を、後輩の横綱が引き継ぐ体制へと移りました。
ここで重要なのは、歴代師匠の比較を単純な優劣で捉えないことです。旭富士は部屋の基盤を築き、多くの関取を育てた指導者です。一方、照ノ富士は新しい師匠として、既存の力士の育成と部屋の運営を担います。両者の役割は時代によって異なり、現時点で後継者の指導力を最終評価するには早い段階です。

【2026年最新】宮城野部屋の再興はどうなった?誤解しやすい3つのポイント
宮城野部屋の今後は、旭富士の現在を調べる読者にとっても大きな関心事です。2025年6月の時点では、旧宮城野部屋の力士らを伊勢ヶ濱部屋で預かり、将来の再興については希望する年寄から申し出があれば日本相撲協会の理事会で審議する方針が示されていました。
しかし、2026年5月28日、日本相撲協会は預かり措置を解除することを決定しました。報道各社によると、決定の背景には、預かりが2年以上に及んだこと、白鵬が協会を退職してから1年が経過したこと、そして部屋の再興を望む申請が理事会に出されていなかったことがあります。
これにより、旧宮城野部屋の力士らは正式に伊勢ヶ濱部屋の所属となりました。幕内の伯乃富士や、十両の寿之富士、炎鵬ら、旧宮城野部屋に所属していた力士についても、所属先の整理が行われています。
誤解1:旭富士が宮城野親方になったから宮城野部屋も復活した?
これは誤りです。旭富士が継承したのは年寄名跡「宮城野」です。2026年5月28日には旧宮城野部屋の預かり措置が解除され、部屋そのものは消滅しました。親方の名跡が存在することと、同名の相撲部屋が存在することは別問題です。
誤解2:65歳の定年を迎えた旭富士は角界を引退した?
これも正確ではありません。旭富士は年寄の定年を迎えた後、参与として再雇用され、伊勢ヶ濱部屋に所属しています。現役力士としての引退と、年寄の定年、定年後の再雇用はそれぞれ異なる制度上の区分です。
誤解3:照ノ富士が部屋を継いだ時点で、宮城野部屋の問題もすべて解決した?
部屋の師匠交代と、旧宮城野部屋の力士らの所属先をめぐる問題は別の手続きです。2025年6月には伊勢ヶ濱部屋の継承が実現しましたが、旧宮城野部屋についてはその後も預かり措置が続き、2026年5月に正式な区切りを迎えました。
今後の動向を確認する際は、親方の名跡変更、部屋の師匠交代、力士の所属先変更を分けて見ることが大切です。部屋の再興についても、過去の方針だけで判断せず、日本相撲協会の新たな決定や公式発表を基準にする必要があります。
【プロの結論】旭富士の現在を理解するために押さえたいポイント
旭富士の現在を正確に理解するには、現役時代の横綱としての実績、伊勢ヶ濱部屋の師匠としての功績、そして定年後の参与という三つの段階に分けて考えると分かりやすくなります。
現役時代には幕内優勝4回を記録し、1990年に第63代横綱へ昇進しました。引退後は指導者として日馬富士や照ノ富士らを育て、2007年には伊勢ヶ濱部屋を再興。2025年には65歳の定年を前に照ノ富士へ部屋を引き継ぎ、自身は宮城野の名跡を継承して参与として残る道を選びました。
この流れから読み取れるのは、相撲部屋の継承が単なる看板や名前の受け渡しではないという点です。師匠が担うのは、力士の指導、部屋の運営、次世代の育成など、長期的な責任を伴う仕事です。旭富士から照ノ富士への交代は、そうした責任を次の世代へ移す節目となりました。
一方、2026年5月の宮城野部屋消滅は、別の問題として捉える必要があります。旭富士が宮城野親方として活動を続けていることと、旧宮城野部屋が再興することは同義ではありません。現在確認できる状況では、旧宮城野部屋の力士らは伊勢ヶ濱部屋に所属しており、照ノ富士が師匠を務めています。
今後、旭富士の活動を追う際には、参与としての所属や指導に関する公式発表を確認すること、照ノ富士の師匠としての取り組みを部屋の公式情報や相撲協会の発表で追うこと、そして宮城野部屋の再興に関する情報を年寄名跡の動きと混同しないことが、正確な理解につながります。
【伊勢ケ浜親方旭富士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:旭富士は2026年現在、何という名前の親方ですか?
A1:元第63代横綱・旭富士は、2025年6月9日に年寄名跡「宮城野」を継承し、現在は宮城野親方です。2025年7月6日に65歳の定年を迎えた後は参与として再雇用され、伊勢ヶ濱部屋に所属しています。
Q2:現在の伊勢ケ浜親方は旭富士ですか、照ノ富士ですか?
A2:現在の伊勢ヶ濱親方は元第73代横綱・照ノ富士です。2025年6月9日に伊勢ヶ濱の名跡を継承すると同時に、伊勢ヶ濱部屋の師匠も引き継ぎました。旭富士は宮城野親方として部屋付きで所属しています。
Q3:宮城野部屋は2026年に再興しましたか?
A3:再興していません。日本相撲協会は2026年5月28日、旧宮城野部屋の力士らを伊勢ヶ濱部屋で預かる措置を解除しました。再興を望む申請が出されなかったことなどを背景に、旧宮城野部屋は消滅し、所属力士らは伊勢ヶ濱部屋に所属することになりました。
まとめ:旭富士の現在と伊勢ヶ濱部屋の今後
伊勢ケ浜親方と旭富士をめぐる最大の変化は、2025年6月9日の名跡変更と部屋継承です。元横綱・旭富士は宮城野親方となり、65歳の定年後も参与として伊勢ヶ濱部屋に所属。元横綱・照ノ富士が伊勢ヶ濱親方を襲名し、部屋の師匠を務めています。
さらに2026年5月28日には、旧宮城野部屋の預かり措置が解除され、部屋の消滅が決定しました。宮城野親方という名跡が残っていることと、宮城野部屋が存在することは別であり、この違いが現在の状況を理解する重要なポイントです。
旭富士は、横綱としての実績に加え、指導者として日馬富士や照ノ富士らを育てた人物です。今後は、参与としての活動と、照ノ富士が率いる伊勢ヶ濱部屋の育成・運営の両面から、その歩みを見ていくことが大切です。新しい情報を確認する際には、日本相撲協会の公式発表と伊勢ヶ濱部屋の公式情報を基準に、名跡・役職・部屋の状況を分けて判断することをおすすめします。 (出典: 伊勢ケ浜 親方 旭 富士(Yahoo!ニュース))