横山裕「オニギシ」で号泣した理由は?2010年の青森公演から2026年最新情報まで徹底解説
SUPER EIGHTの横山裕が、母親への思いを込めた楽曲「オニギシ」を歌いながら号泣した出来事は、長年にわたってファンの記憶に残っています。その背景にあったのは、2010年5月、ソロコンサートの青森公演を目前にして届いた母親の訃報でした。横山は公演を続けることを選びましたが、母との思い出をつづった「オニギシ」の歌唱中、感情を抑えきれなくなったと報じられています。デイリースポーツやENCOUNTなどの報道では、当時の状況や横山本人が語った思いが紹介されています。
その後、2025年のソロプロジェクト「ROCK TO YOU」では、15年前に涙で歌えなかった青森で再び「オニギシ」を披露。さらに、日本テレビ系「24時間テレビ48」でのSUPER EIGHTメンバーによる歌唱、2026年5月のアニメーションミュージックビデオ公開へと、この曲は新たな広がりを見せています。なぜ横山は涙を流したのか。歌詞に込められた親子愛と、2026年現在まで続く楽曲の意味を時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 号泣した理由:2010年5月16日の青森公演直前、母親の訃報を受け、母への思いを込めた「オニギシ」を歌えなくなったと報じられています。
- 2025年の青森公演:15年後の2025年8月23日、横山は再び涙を流しながらも「オニギシ」を最後まで歌い切りました。
- 2026年の最新動向:5月5日にアニメーションミュージックビデオが公開され、母への感謝を歌った楽曲が新たな形で届けられています。
【号泣の理由】横山裕はなぜ青森公演で「オニギシ」を歌えなくなったのか
横山裕が「オニギシ」の歌唱中に号泣したのは、単に歌詞が感動的だったからではありません。母親を亡くした直後という、あまりにも個人的でつらい状況に置かれていたことが大きく関係しています。
デイリースポーツが2025年9月の報道で伝えた経緯によると、横山の母親が亡くなったのは2010年5月。横山は青森でのソロコンサートの開演約1時間前、弟からの電話で訃報を受けました。突然の知らせに動揺しながらも、横山は公演を中止して大阪へ戻るのではなく、ステージに立つことを選んだといいます。
その決断には、母親が自分の芸能活動を応援してくれていたこと、そして仕事を途中で投げ出すことを母親が望まないだろうという思いがありました。横山は後年、母親が悲しむのではないかと考えたことや、芸能活動をしている自分を母親が好きだったことを振り返っています。
当日のセットリストの最後に用意されていたのが、母親との思い出を題材にした「オニギシ」でした。横山はそれまでの公演を続けたものの、母親を思い起こさせるこの曲では涙があふれ、歌えなくなってしまったと報じられています。
観客は横山に何が起きたのか分からず、戸惑ったといいます。横山自身も後年、観客を不安にさせてしまったことを振り返りました。母親の訃報を受けた直後にもかかわらず、事情を客席に説明せずステージに立ち続けたことが、この出来事の重さを物語っています。
このエピソードを理解するうえで重要なのは、2010年の号泣が、あらかじめ演出された感動の場面ではなく、母親を失った直後の横山の感情と、楽曲の内容が重なった出来事だったという点です。15年後の本人の証言によって、当時の涙の意味が改めて伝えられました。

【母親とのエピソード】「オニギシ」の歌詞に込められた親子愛とは
「オニギシ」は、横山裕が母親への思いを込めて作詞し、SUPER EIGHTの安田章大が作曲した楽曲です。2006年発売のグループ初のフルアルバム『KJ1 F・T・O』に収録されました。横山の幼少期の記憶や、母親に対する感謝、成長した息子としての後悔が重なり合う作品です。
タイトルの「オニギシ」は、子どものころ、横山が「おにぎり」をうまく発音できなかったことに由来します。大人になってから振り返れば何気ない言い間違いですが、母親が握ってくれたおにぎりとともに、幼い自分を受け止めてくれた母親の存在がよみがえる言葉でもあります。
歌詞では、母親に育てられた子ども時代、母親から教わった生き方、友人関係で傷ついた際にかけられた言葉などが描かれます。幼いころには当然のように受け取っていた愛情を、大人になった自分が改めて理解していく構成です。
とりわけ胸を打つのは、母親に何をしてあげられたのか、もっと一緒に笑いたかったという思いが表れる部分です。母親が生きている間には十分に伝えられなかった感謝と、失って初めて実感する後悔。その二つが、食卓に並ぶおにぎりという身近な存在を通じて結び付いています。
また、横山の母親は、横山が15歳のときに芸能界入りのきっかけを作った人物としても報じられています。デイリースポーツの2025年9月の報道では、母親が芸能事務所に応募したことが紹介されました。横山にとって母親は、家庭での思い出だけでなく、現在の仕事につながる人生の出発点でもあったのです。
「オニギシ」の歌詞を読む際には、悲しい別れの歌という一面だけに注目するのではなく、親が子どもに与えた影響が、その後の人生に残り続けることにも目を向けたいところです。母親の言葉や行動が、横山の価値観や芸能活動を支える記憶として息づいているからこそ、この曲は年月を経ても色あせません。
【時系列で整理】2010年の訃報から2026年の最新展開まで
「オニギシ」をめぐる出来事を理解するには、2010年の青森公演だけでなく、2025年のソロ活動と「24時間テレビ48」、2026年の映像作品公開までを一続きの流れとして捉える必要があります。
| 時期 | 出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 2006年 | 『KJ1 F・T・O』発売 | 「オニギシ」が収録される。横山裕が作詞、安田章大が作曲。 |
| 2010年5月16日 | 青森でのソロコンサート | 開演約1時間前に母親の訃報を受け、終盤の「オニギシ」で涙があふれたと報じられる。 |
| 2025年5月 | ソロプロジェクト「ROCK TO YOU」始動を発表 | 横山が44歳の誕生日に発表した1年間限定のプロジェクト。 |
| 2025年6月 | ソロアルバム『ROCK TO YOU』発売 | 「オニギシ」をソロでセルフカバー。 |
| 2025年8月23日 | 青森公演で「オニギシ」を披露 | 15年前の出来事があった場所で、涙を流しながらも歌い切る。 |
| 2025年8月30日・31日 | 「24時間テレビ48」放送 | チャリティーランナーを務める横山に向け、SUPER EIGHTのメンバーが「オニギシ」を歌唱。 |
| 2025年9月 | 「ROCK TO YOU LIVE TOUR」東京公演 | 15年ぶりのソロツアーで「オニギシ」を披露し、母親への思いを改めて語る。 |
| 2026年5月5日 | 「オニギシ」アニメーションMV公開 | 漫画家・津村マミによる描き下ろし映像で、楽曲の物語が新たな形で表現される。 |
この年表から分かるのは、「オニギシ」が一度の悲しい出来事だけで語られる曲ではないということです。母親を失った2010年、15年後に同じ場所で歌い直した2025年、そしてアニメーション作品として再び世に届けられた2026年。それぞれの時点で、曲が持つ意味は少しずつ広がっています。
なお、2025年のソロアルバム『ROCK TO YOU』と、2006年のグループアルバム『KJ1 F・T・O』は別の作品です。「オニギシ」のオリジナル収録作品を探している場合は、2006年の『KJ1 F・T・O』を確認すると整理しやすくなります。
【青森公演の涙の真相】2025年、横山裕は15年前の場所で何を語ったのか
2010年の青森公演で「オニギシ」を歌えなかった横山にとって、青森は母親との別れを思い出す特別な場所になりました。その場所で再び歌うことを決めたのが、2025年のソロプロジェクト「ROCK TO YOU」です。
横山は2025年5月、自身の44歳の誕生日にソロプロジェクトの始動を発表しました。6月には初のソロアルバムを発売し、7月から全国のライブハウスなどを巡る「ROCK TO YOU LIVE TOUR」を展開。音楽ナタリーやENCOUNTなどの報道では、横山が今回のプロジェクトで「オニギシ」をアルバムに収録し、青森で歌い切ることを決めていた経緯が伝えられています。
そして2025年8月23日、横山はリンクステーションホール青森の公演で「オニギシ」を披露しました。15年前と同じ場所で迎えた歌唱では、再び涙があふれたものの、今度は最後まで歌い切ったと報じられています。
この公演の意義は、涙を流さなくなったことでも、過去を完全に乗り越えたことでもありません。横山自身が、涙が出ることも自分らしさの一部だと受け止めながら、楽曲を最後まで届けられたことにあります。
デイリースポーツは2025年9月の東京公演の報道で、横山が母親の存在について、母親がいてくれたからこそ自分が生まれ、弟やSUPER EIGHT、スタッフ、観客との出会いにつながったという趣旨の思いを語ったことを伝えています。
この言葉からは、母親への思いが過去を振り返るだけの感情ではなく、現在の人間関係や仕事への感謝につながっていることが読み取れます。2010年の涙と2025年の涙は同じではありません。前者が突然の別れによって言葉を失った瞬間だったとすれば、後者は悲しみを抱えながらも、母親から受け取ったものを自分の言葉と歌で伝え直す時間だったと考えられます。
【24時間テレビ48】SUPER EIGHTが「オニギシ」を歌唱した意味
2025年8月30日・31日に放送された日本テレビ系「24時間テレビ48」でも、「オニギシ」は大きな意味を持つ楽曲として登場しました。チャリティーランナーを務めた横山裕に向けて、SUPER EIGHTのメンバーである村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義がそろって「オニギシ」を歌唱したのです。
日本テレビの番組公式記事によると、横山はチャリティーランナーとして参加し、メンバーは横山が女手一つで育ててくれた母親への思いを込めて作詞したこの曲を歌いました。幼少期の母親との思い出や、感謝と親子愛が表現された楽曲を、長年ともに活動してきた仲間が届けた形です。
横山は2025年9月のソロ公演で、メンバーが「オニギシ」を歌ってくれたことを後から知り、非常にうれしかったと振り返っています。母親への思いを込めて自分が作詞した曲が、仲間たちによって歌われたことは、横山にとっても大きな喜びだったようです。
ここで注目したいのは、「オニギシ」が横山個人の母親への思いを出発点としながら、グループの絆を表現する楽曲にもなっていることです。歌詞に描かれた母親との思い出は横山自身のものですが、その思いを理解し、歌で応援したメンバーの存在によって、楽曲は仲間同士の支え合いという意味も帯びました。
また、横山は「24時間テレビ48」でチャリティーマラソンに挑み、報道では105キロを完走したことが伝えられています。長距離を走る本人を歌で応援したメンバーの姿は、単なる番組内の演出としてだけでなく、長い時間をともに歩んできた関係性を象徴する場面として受け止められました。
日本テレビの公式番組情報と2025年9月の各社報道を合わせて見ると、「オニギシ」は母親への感謝を歌う曲であると同時に、横山を支える仲間たちの思いを伝える曲としても機能したことが分かります。
【2026年最新情報】「オニギシ」アニメーションMVと横山裕の現在
2026年の「オニギシ」をめぐる大きな動きは、5月5日に公開されたアニメーションミュージックビデオです。Storm Labelsの公式チャンネルで公開された映像は、楽曲の世界観をもとに、大阪で育った男の子と母親の物語を描いています。
音楽ニュースサイトのTHE FIRST TIMESや音楽ナタリーの報道によると、映像の作画を担当したのは漫画家の津村マミ。横山が主演したドラマ「コタローは1人暮らし」を通じた縁もあり、母親への思いを歌った大切な楽曲が新たな映像作品として制作されました。
公開時の横山のコメントでは、津村による描き下ろしの映像を見て涙がこぼれたことが明かされています。2010年の青森公演で涙があふれ、2025年にも同じ青森で涙を流した横山が、2026年には自分の大切な曲を映像化した作品に心を動かされたという流れです。
今回のアニメーションは、幼いころの母親との記憶と、大人になって社会で生きる主人公の現在を重ねながら、何気ない日常の中に残る家族の記憶を描いています。母親が握ってくれたおにぎりという身近なモチーフを通じて、普段は伝えにくい感謝や、失ってから気付く大切さを表現している点が特徴です。
2026年10月時点で確認できる大きな展開は、このアニメーションMVの公開です。2010年の訃報、2025年の青森公演とソロアルバム、24時間テレビでのメンバーの歌唱を経て、「オニギシ」は新たな世代のリスナーにも届く形へと広がりました。
横山裕の現在を考える際にも、母親との別れを乗り越えたかどうかだけを基準にする必要はありません。悲しみや感謝を音楽に変え、その曲を自分自身で歌い、仲間と共有し、映像作品として次の人々に届ける。その歩みそのものが、横山と「オニギシ」の現在を伝えています。
【プロの結論】「オニギシ」の涙が15年以上たっても心に響く理由
「オニギシ」が長く聴き継がれる理由は、母親を亡くしたという出来事だけにあるのではありません。楽曲の中心にあるのは、特別な言葉や大きな贈り物ではなく、日々の食事、幼少期の記憶、親からかけられた言葉といった、誰にとっても身近な経験です。
横山裕のエピソードには、本人にしか分からない深い悲しみがあります。しかし、親に感謝を伝えきれなかった後悔や、当たり前だと思っていた日常が失われて初めて持つ意味は、多くの人が自分自身の経験と重ねられる感情でもあります。その普遍性が、「オニギシ」を横山個人の物語にとどめない力になっています。
もう一つ重要なのは、横山が2010年の出来事を、単に過去の悲劇として閉じ込めていないことです。2025年には青森で再び歌うことを選び、SUPER EIGHTのメンバーによる歌唱を喜び、2026年にはアニメーション作品として楽曲の新しい表現が生まれました。悲しみをなかったことにするのではなく、その経験を現在の活動や人とのつながりに結び付けています。
また、報道を読む際には「号泣した」という見出しだけでなく、本人がどの時点で何を語ったのかを確認することも大切です。2010年の青森公演、2025年の再訪、24時間テレビでのメンバーの歌唱、2026年の映像公開は、それぞれ異なる出来事です。それらを混同せずに時系列で捉えることで、曲の背景と横山の思いをより正確に理解できます。
「オニギシ」は、母親との別れを歌った曲であると同時に、母親が残した愛情が、本人の人生や仲間との関係を通して今も続いていることを伝える曲です。涙の理由を知ることは、その悲しみを消費するためではなく、横山がこの曲を歌い続ける意味を理解することにつながります。
【オニギシ横山裕号泣】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「オニギシ」で横山裕が号泣したのはなぜですか?
A1:2010年5月16日の青森公演の開演約1時間前に、母親の訃報を受けたためです。公演を続けた横山は、母親への思いを込めた「オニギシ」の歌唱中に涙があふれ、歌えなくなったと報じられています。
Q2:「オニギシ」の作詞・作曲は誰ですか?
A2:作詞は横山裕、作曲はSUPER EIGHTの安田章大です。母親との幼少期の思い出や、母親から受け取った愛情、成長した息子としての感謝と後悔が描かれています。
Q3:「オニギシ」はどのアルバムに収録されていますか?
A3:オリジナル版は2006年発売のSUPER EIGHTのアルバム『KJ1 F・T・O』に収録されています。2025年には横山裕の初ソロアルバム『ROCK TO YOU』にもセルフカバー版が収録されました。
Q4:2025年の青森公演でも横山裕は泣いたのですか?
A4:はい。2025年8月23日の青森公演では再び涙を流しましたが、2010年とは異なり、「オニギシ」を最後まで歌い切ったと報じられています。15年前の出来事があった場所で、同じ曲を届けたことが注目されました。
Q5:「24時間テレビ48」で「オニギシ」を歌ったのは誰ですか?
A5:2025年の「24時間テレビ48」では、SUPER EIGHTの村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義が歌唱しました。チャリティーランナーを務めていた横山裕を応援するため、母親への思いを込めた楽曲をメンバーが届けました。
Q6:2026年に「オニギシ」に関する新しい動きはありましたか?
A6:2026年5月5日に「オニギシ」のアニメーションミュージックビデオが公開されました。漫画家の津村マミが作画を担当し、母親との思い出や家族への感謝をテーマにした物語が描かれています。
まとめ:横山裕が「オニギシ」を歌い続ける意味
横山裕が「オニギシ」で号泣した理由は、2010年の青森公演直前に母親の訃報を受け、母親への思いを込めた曲を歌うなかで感情があふれたことにあります。その出来事は、後年の本人の証言や報道を通じて伝えられてきました。
2025年には、15年前に涙で歌えなかった青森で再び「オニギシ」を披露。24時間テレビ48ではSUPER EIGHTのメンバーが歌で横山を応援し、2026年にはアニメーションMVが公開されました。楽曲は、母親への感謝という個人的な思いから、仲間との絆や家族の記憶を共有する作品へと広がっています。
「オニギシ」を理解するうえで大切なのは、横山の涙を一つの感動的な場面として切り取るのではなく、その前後にある人生の歩みを知ることです。母親が握ってくれたおにぎりの記憶は、年月を経ても横山の中に残り、音楽という形で多くの人に届けられています。2026年の映像作品も、その思いが今なお続いていることを伝える新たな一歩となりました。 (出典: オニギシ 横山 裕 号泣(Yahoo!ニュース))